祖母の着物を思いとともにパッチワークに

 祖母が亡くなってもう7年になります。大正生まれで長生きをした祖母でした。我が家はなぜか知りませんが「旧家」と呼ばれるような家だったので、昭和30年代生まれの私の子供の頃の記憶は、祖母も母もよく着物を着ていました。正月には着物を着、デパートへ買い物に行く時にも、わざわざ着物に着替えてお出かけをしていましたし、私の入学式の写真に写っている母も着物姿でした。

 母によると、祖母が亡くなって遺品を整理していたら、たくさんの着物がタンスの中から出てきたそうです。いったいどうして処分しようか、どこかに売れる程のいいものでもないし、もう柄も現代的ではないので処分に困って和室の隅に積んでありました。
 ところがある日、母が「これを使ってパッチワークを作ろう」と言い始めました。父も三年前に亡くなってから、母は様々な習いごとに参加しています。童謡サークルに入り、気功を習い、パッチワークの教室にも通うようになりました。家で時間のある時には、細かい布を拭い合わせる事に時間を使っています。
 しかし「着物を切って使うなんてなんかもったいなくない?」と思ってしまいました。しかし、このまますべての着物を捨ててしまっては祖母の思い出がすべてどこかへ行ってしまいます。しかし、たとえ着物を切り刻んでもパッチワークにして一つの作品として作り上げ、部屋の壁にかけたりコースターにしたりしておけば、その作品を見る度に祖母の事をふと思い浮かべる事が出来るのでしょう。いつまでも祖母の思い出を自分のそばに置いておくことができると思ったのかもしれません。

 祖母と母は実の親子でした。しかし仲があまりよくなく、いつも何かしら意見をぶつけ合わせ、お互いにぷりぷり起こりながら過ごしていたのを子ども心におぼえています。祖母の怒りが大爆発して、「家を出て行け」と言われて父と私と母でしばらく家を離れたこともありました。
 そんな祖母と母でしたが、やはり母にとってはたった一人の肉親(祖父は戦争で亡くなっていました)だったのです。どんなに仲が悪くても、やはり思い出は思い出としていつまでも残っているのでしょう。そしてその思い出の一つが祖母の大切にしていた着物だったのです。
 初めは「着物を切るなんて・・・」と思っていた私も、そんな風に考えてみると、亡くなった人の遺品を使って作品を作り、いつもそばに置いておくというのも悪い考えではないなぁと思うようになりました。もし作品が出来上がったら、それを見ながら母はどんなことを考え、どんな思い出を思い出して行くのだろう。哀しいような、愛おしいようなそんな気分のまま、母の作る作品が出来上がるのを楽しみにしている私です。

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