母の形見の着物を処分した日

母は、着物をたくさん持っていた。母の兄嫁が呉服店を経営していて、母だけでなく兄弟とその配偶者は
みんな着物をそこで購入し、たくさん持っていた。反物もだ。
母は、48歳での突然死だったので、多くの着物が形見として残った。
私に着せようと思ったのであろう着物もあった。柄が母にしては若すぎたから。
また、もっと年老いてから着るつもりだったものもあった。
くだらない・・と私は思った。
着物というものに興味が無かったのもあるが、母の生き方そのものに否定的だった。
着物が好きなら、自分の気に入った店で気に入った着物を買えばいい。
兄弟だからといって、競うように着もしない着物ばかり買って、どうだというのだ。

だから、母の形見とはいえ着物を処分するのに躊躇はなかった。
まず、わりと高価だろうなと思う着物数点を質屋へ持ち込んだ。
いくらになるのだろう、と興味もあった。
母は、この着物にいくら払ったのだろう。

質屋の主人は申し訳なさそうに「これだけだと900円ですね。まけて1000円にしましょうか」
なんだか笑えた。
私は1000円札をもらって質屋を出た。

こんなものか、と気が抜けたようで「お母さんの着物、1000円だったよ」と心の中で毒づいた。

もっと、人の役に立てようかと思い
次は市の広報誌の「譲ります」のコーナーに「着物差し上げます」と出した。
すると、手芸やパッチワークを趣味とする人が「欲しい」と連絡をよこした。
無料でおわけしたのだが、菓子折りや果物をお礼にくれる人ばかりで
ちょっと気分が良くなった。

この方法は割と気に入ったので、母の着物はこれで処分しようと思った。
フリーマーケットに出店するのを趣味としてる友人に譲ったりもした。
売れたのかそうでないのかわからないけど
「売れ残ったら、勝手に処分してね」と伝えたから、そうしたのかもしれない。

そのうち、面倒くさくなった。
「譲ります」に出すのもはがきを書いたりネットで申し込まねばならない。
載ったら載ったで、欲しいという人から連絡を待ち
受け渡しの方法を相談しなくてはならない。

そういう作業が、面倒になってきたのだ。

残った着物、そのときで反物も合わせ20~30枚あっただろうか
思い切って、ゴミの日に出した。
窓からこっそり、収集車を見ていたら
なんのためらいもなく、持っていってくれた。

こんなものだ。思い入れがあるのは私の気持ちの中だけで
ゴミ袋に入れて出してしまえば、ただのゴミ。

ようやく母から解放されたようで、すっとした。



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