家族のために母の着物を手芸用にリサイクルしました

去年の暮に私の母が病気で他界しました。
それまでは元気でしたがガンになり、約一年の闘病生活の末のことでした。
葬儀が終わった後しばらくしてから、衣類など、残された母の遺品整理を少しずつ始めました。

母の遺品の中には大量の着物が残されており、普段は着ていなかったために息子である私が初めて見るものもたくさんありました。
私にはまだちいさい娘がおり、将来着ることが出来るものも中にはあったため、妻と相談の上、それらは形見として残すことになりました。

しかし、長年保存していたために、細かな汚れがあったり、デザイン的に今後も着ることがないものなどもありました。私としてはできるだけ捨てることなく残しておきたいと考えましたが、私の家は狭く、今後は子供の荷物も増えるため、それらを保管しておくスペースが無いのです。

妻と相談したところ、形を変えてリサイクルしようということになりました。妻は以前から手芸が好きでしたので、他界した母の着物をそれらの素材として再利用できればという考えです。やはり、そのまま廃棄するということにはふたりとも抵抗がありました。生前は嫁と姑で衝突したことも幾度かありましたが、母が他界した今、妻にとっても母の着物を何らかの形で残しておきたいというのです。

その後、母の着物を使って妻が作ったのは、妻が自分用に作ったクッションと、子どもたちへのクッション、ぬいぐるみ、人形などでした。
手芸用の素材として見れば、かなり珍しいものでもあるために重宝したそうです。着物の形とは全く変わってしまいましたが、それでも母の名残をどこかに残したような出来上がったそれらのものは、身近にあると母を近くに感じるような気持ちにさせてくれます。

あれから一年がたった今でも、妻は自分が作ったクッションを愛用しています。
母が病に倒れる少し前、それまでの諍いが嘘のように仲良くなれたと喜んでいた妻。
母の看病を献身的にこなし、訪問看護の方にも太鼓判を押された妻。
互いに本音でぶつかったから、自分の親以上の「濃い関係」になれた気がする、と話しながら四十九日に私の前で号泣した妻。
妻にとって、母の形見で作ったクッションは、自分の勲章のようなものなのかもしれません。



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